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夢であいましょう-ある公務員の育児日誌

原 智治/Tomoharu Hara

1980年、京都市生。大学で画像情報システムを専攻。卒業後、メーカー勤務を経て、京都市入庁。現在は文化行政を担当。

Tomoharu Hara was born in 1980. He graduated from university where he majored in Image Information System. Tomoharu is currently works for Kyoto City, reforming the city's public hospitals.

[夢であいましょう-ある公務員の育児日誌] vol.8

2011.03.09

 少子化の進行が喧しく叫ばれていますが、私の周りでは、このところ出産が立て続いています。たとえば、私の職場には20人程の同僚がいるのですが、この1年半で6件の妊娠・出産がありました。(ちなみに、職場には子どもが4人いるという方も2人います。)友人・知人の状況も同様のようで、毎月のように子どもが生まれるという話を耳にします。私に20〜30代の知り合いが多いということもあるでしょうが、なかなかすごいことのような気がします。
 私は、いわゆる育児本をほとんど読まないので、子供の成長について、場当たり的な知識しかありません。とは言え、複数の子育ての様子を見ていると、乳幼児の成長についてのグラデーションが把握できるようになってきます。大体、このくらいの月齢になると子どもは発語を始め、立ち上がり、あるいは固形物を噛みしめるようになるのだな、と。

 娘は毎日何を考えて生きているのでしょう。もちろんそれを詳らかに知ることはできませんが、半分くらいは食べ物のことを考えているのではないかと思われます。
 食事の時間が来ると、あるいは食事の時間ではなくとも食べ物を目にすると、彼女は雄叫びを上げ始めます。早く口中に食べ物を入れやがれ、というやくざ者顔負けの恫喝です。特に公共の場でこれをやられると、もうたまったものではありません。我々は、ある限りの食物を彼女に略奪され、自分たちの食べ物すらまともに確保できなくなります。
 先日、念願かなって、久しぶりに焼肉屋に行きました。どういうわけか夫婦揃って肉への愛情がいや増しに増し、何とか焼肉屋へ行こうと算段していたのです。小さい子どもを連れて熱い鉄板のある所に行くというのは、なかなかリスキーなことに思え、躊躇していたのですが、諸条件を整え、とうとう我々は焼肉屋へ繰り出しました。もちろん娘は、まだ脂っこい肉は食べられません。彼女はもっぱら辛味抜きのビビンバを食べます。僕はハラミ。彼女、もやし。僕はロース。彼女、きゅうり。子どもというのは悲しいもので、肉のことをまだ知りません。我々は知っている。このときばかりは、ヤクザを出し抜いた気分になったものです。

 娘は、今まさに言葉を話し始めているところです。
 当初は世界の八割を「わんわん」と名指していましたが、今は、鳥類一般は「があがあ」と呼びます。ペンギンのように、ちょっとこれは難しいのではないか、と思われるものも、ちゃんと「があがあ」と認識しています。ライオンは「がー!」で、睡眠関係一般は「ねんね」です。「わんわん」と連呼していた頃はまだまだ学習も非効率的でしたが、最近は「これは○○だ、○○、○○」と何度か繰り返してやると、それを真似て発音します。こうなると進歩はいっそう加速されることでしょう。
 とは言え、彼女の発語はまだまだ不安定です。娘の発する音を正確に記述すると、たとえば、「Got, Gott! BAPPA! ゑ! わんわん! あ゛--------! GaaGa!」という感じです。つぶやくようなトーンの場合、あるいは、ほとんど歌声のように聞こえる場合もありますが、ざっくりまとめると、主に叫んでいます。
 言葉を話すということは、哲人の言を引くまでもなく、人間の存在の根本に関わります。発語は、いつも不可能性を伴います(「あなたが何を言っているのか分からない」)。そして、その点においてのみ我々は共同体であり得るのですが、娘の言葉は、そのことを剥き出しの形で知らしめるように思います。

[夢であいましょう-ある公務員の育児日誌] vol.7

2010.12.16

 この連載の最初に、私は、「何かを育てるということには、いつも甘やかな期待、苦味と不安、熱や愛情が伴」うと書きました。今回は、熱の話です。

 育児休業を終え、三ヶ月が過ぎました。仕事も育児もとなると、さすがにバタバタとした生活になりますが、とは言え、それ程無茶なものでもありません。少しずつ本も読めますし、たまには外出もできます。

 しかし、子どもが一歳にもなると、いくつか新しい問題も出てきます。
 その大きなものの一つは、娘が時々熱を出すことです。

 彼女はこれまで大した病気にも罹らずにきたのですが、秋も暮れ、冷たい風が吹き始めると、時折、発熱するようになりました。このような気温の動きに、まだ体が慣れていないのでしょう。
 熱が出ると、途端に託児所から私の携帯へ連絡が入ります。「できるだけ早く迎えに来てください!!」文字通りのエマージェンシー・コールです。妻は遠方に勤めているので、基本的には私が迎えに行かなければなりません。ありとあらゆるタスクがドサドサと押し退けられ、私は鞄とコートを引っ掴んで、仕事場を後にします。
 私はこれでも、相当のダンドラー(段取りが得意な人)であると自負しています。急な用事が入ってもそれに対応するだけの余裕を持って仕事を進めているつもりです。が、さすがに、朝、職場に着くなり電話が入るようなことが度重なると、スケジュール管理にも支障を来たします。ダンドラーにとっては、極めてチャレンジングなことです。

 先日、娘はびっくりするような高い熱を出しました。
 花火が打ち上がるように、クルクルと熱が出ます。38℃を軽く突破し、40℃も目前です。夜には大泣きします。眠っているときでも獣じみた唸り声を上げています。さすがにこれはと思い、妻がお医者に連れて行くと、中耳炎とのことでした。風邪をこじらせたのです。
 このときは、金曜から火曜まで発熱が続きました。もちろん、週日で、託児所には預けられません。病気の本人も辛いことですが、私と妻も大変です。(結局、実家の親に助けてもらいました。)

 育児をしていると、物事はなかなか思うようには進みません。子どもに服を着せるのも一苦労です。急な発熱に対応を迫られるのも、その一つでしょう。
 思い切って言うと、これは禅の公案のようなものです。育児は、問答の途中に殴りかかってくる老師と同じなのです。いずれ、私が大悟する日が近いのは間違いありません。
 それまでは...まあ、額に汗してバタバタと走り回るだけのことです。

[夢であいましょう-ある公務員の育児日誌] vol.6

2010.07.31

 赤ん坊と暮らす者の間では、時々、睡眠のことが話題になります。それは、しばしば、鶏をくびり殺すような恐ろしい出来事として語られるのです。「こちらでは朝4時に叩き起こされます。」「昨夜、うちでは寝るまでに2時間もかかりました。」「あちらでは1時間ごとに起きて泣き叫ぶそうですよ。」云々。真夜中、小さき者たちは、グレムリンのように我々を悩ませるのです。
 乳児との生活では、最初は慣れないこともあって、うまく睡眠時間を確保できないことがあります。2、3日ならともかく、何週間もよく眠れぬままに赤ん坊の世話をするのは、なかなか大変なことです。

 幸いなことに、娘は寝つきのよい性質(たち)です。お風呂に入ってミルクを飲むと、もうほんの数分で寝入ってしまいます。が、例に漏れず、朝はとても早い。
 7ヶ月目に入り、彼女はいよいよ活発に動き回るようになってきました。横に頃がるだけではなく、大変な勢いで前にも進みます。匍匐前進。雄叫びを上げながら突進する様は、たとえば、アパッチ族の勇猛な戦士のことを想わせます。今では、多少高さのある障害物も、呻吟しつつ、見事に乗り越えます。
 午前5時、娘の1日が始まります。まず、ズンドコと壁を蹴って回り、部屋中をうろつき、毛布を舐めまわします。しばらくすると、大きな声で私や妻を恫喝し、髪を引っ張り、顔面を掴み、いよいよ暴力に訴え始めます。仕方なく、我々は寝床から這い出し、丁重に、彼女のもとへ朝食を運ぶのです。
 ドンドルマのように粘りつく眠気。我々と布団の間に、眠りへの欲望が、細く長い糸を引いています。しかし、それはアパッチの斧によって無残にも断ち切られ、我々は外の世界へ放り出されるのです。

 先日、娘を連れて、初めて1泊2日の旅行へ出かけました。バスや電車を乗り継いで4時間程、目的地を回り、夜、無事にホテルに辿り着きました。彼女は、いつも、9時頃には眠りにつきます。シャワーを浴び、ホテルのベッドをコロコロと三転し、もう早や、彼女は夢の中です。薄暗い部屋の中、妻は、大河ドラマ『龍馬伝』を小さな音で観ています。修学旅行で、先生に隠れてテレビを見る女生徒のようです。私は横目でそれらを眺めながら、いつの間にか、寝入ってしまいました。

 どうか今夜も、娘が安らかに眠りますように。願わくば朝の7時まで起きませんように。

[夢であいましょう-ある公務員の育児日誌] vol.5

2010.07.12

 今回は、これから赤ん坊と暮らす(かも知れない)方のための話。

 娘が産まれて7ヶ月になります。今のところ、私自身には大きなストレスはないように思います。何も問題はありません。

 という話をすると、ときどき、強がりか、さもなくば冗談なのではないかと言われることがあります。そのような問いがあり得る程度に、子育てはストレスフルなものであるということになっています。
 子どもをもつ以前、私には、子どもを育てることはとても大変なことに思えました。ライフスタイルが激変することへの大きな不安を、私は抱えていたのだと思います。仕事の上でも経済的にも、あるいは友人と食事をしたり美術館に行ったりすることも、子どもがいると、大きな制約を受けるのではないか。私には、そのような心配がありました。
 妻は産前産後の休暇中、インターネットで育児についての文章をよく眺めていましたが、陰鬱で刺々しいものばかり見つかると話していました。あるいは、『ママはテンパリスト』というマンガをみると、多くの親は3日に1度は自分が最低な親であるという想いに苛まれる、と描かれています。
 私は、子育てにそのような面があることを否定しません。客観的に見て、子どもが産まれる前の私の不安は、全くの的外れというわけではなかったと思います。ある程度、生活は子ども中心のものになります。泣き叫ぶ子どもに付き合うのは骨の折れることです。

 ですが、そのような幾つかの言説と経験を踏まえてなお、私は、何も問題はありません、と申し上げたいのです。

 先行して育児をしている友人に、娘を連れて会うと、時折、「うわ、小さいなあ!そう言えば、こんな小さいもんやったなあ」という類の感想に出くわします。たったの数ヶ月前には友人も同じ月齢の乳児と暮らしていたのですから、このような感慨は、少し不思議なものにも思えます。
 ここでは、時間は「誰にとっても平等なもの」ではない、ということが思い出されます。1時間が極めて長く感じることもあれば、逆に短く感じることもある、というのは、多くの人が経験的に知っていることでしょう。経験一般は、時計の上での時間と、その時間のうちに起こっていることとの比率(すなわち密度、ないしは速度)によって、考えられるべきものなのかも知れません。
 親にとっては、子どもの成長が、生活の基準の一つになります。乳児は、数ヶ月のうちに、体重が倍以上になりますし、寝転がってただ泣いているところからスプーンを使って南瓜のペーストを食べるところまで成長します。このような驚異的変化を物差しに採用した親が、通常とはスケールの違う時間の中に身を置くとしても不思議はないでしょう。
 この「子育て体感時間」の中では、記憶は、光の速さで忘却の彼方に飛んでいきます。光陰矢の如し。今や、子どもが産まれたばかりの頃のことは霞の中に消え、その頃の、娘の表情も、仕草も、ほとんど太古の出来事のようにしか考えることができません。
 育児は、時間のあり方を変更し、また拡張します。
 このようにして、少し後からやってくる乳児を前に、我々は深い感慨を覚えるのではないでしょうか。

 子どもを育てるということは、実は、我々の知覚を変更することにつながるのです。今まで日常的には経験してこなかった時間の密度を、乳児の保護者は知ることになります。
 あるいは、子どもを育てる者は、いつも自身の経験を拡張することになるでしょう。あなたは、夜を撤して歌う者になるかも知れません。行政書士にも、コメディアンにも、栄養士にもならなければならないでしょう。あなたは、今まで経験しなかったあなた自身を見つけることになるのです。

 何も問題はありません、と言うとき、私は、しばしば、このような変化率のことを念頭に置いています。微分的ストレスに、人はすぐに慣れます。自分の経験を修正し、拡張します。端的に言うと、人は変わり得るのです。
 そして、それは、育児という状況において、最高度に起こることなのです。親は、乳児的時間を自身の基準にするのですから、その成長の密度は大変なものになります。
 子どもが、他の動物に比べて身体能力/社会能力ともに未熟な状態で生まれてくるのは、そのような神話的時間を、親にもたらすためではないかと思うのです。(それは、『スーパーマリオブラザーズ』、『巨人の星』、『シンデレラ』などのアナロジーで考えることができるでしょう。)

 これから赤ん坊と暮らす(かも知れない)皆さん、あなたの心配は概ね正しいものですが、何も問題はありません。あなたは、そのときが来ればすぐに、状況に押されて、嵐のような変化を経験するでしょう。それを逐一記憶できないほどのスピードで。
 私は、子どもを盲目的に愛せる性質(たち)ではありませんし、そのような幻想は今のところ採用していません。が、子どものもたらす暴力的変動は、一つの経験として純粋に、楽しく、幸福なものであると考えています。そして、多くの人には、おそらく、その幸福を感じることができると信じているのです。

ハラトモハル

[夢であいましょう-ある公務員の育児日誌] vol.3

2010.05.24

 今回は子どもの成長の話。

 娘が生まれて、6ヶ月目を迎えようとしています。
 彼女は、最初は、仰向けに寝転んだまま手足もうまく動かせませんでしたが、今では、腹這いになって、おなかを中心に360度回転することができます。さらに寝返りを組み合わせて、どちらへでも転がっていけるようになりました。西部劇に出てくる転がる草のように、彼女は、コロコロと床の上を転がっていきます。
 乳児というのは驚くべき成長を見せるものです。

 生まれてすぐの2ヶ月程は、子どもも親も慣れていないので、なかなか大変な時期です。子どもは未知の世界を前に、ことあるごとに泣き叫びます。こちらも、その都度、どうすれば泣き止むか、試行錯誤を繰り返さなければなりません。(子どもを抱えてヒョコヒョコと動いてみたり、眠るときは枕代わりに手を添えてみたり。藁にもすがる思いで、思いついたことは何でもやってみます。)保護者の体力を削り取るというのは生存戦略的にどうかと思うのですが、そんなことは全く考慮せず、24時間、断続的に子どもは泣きます。眠気でぼんやりした頭に、突き刺さる絶叫。これは結構な体力と忍耐力が要ります。
 「他人が携帯電話で話すのを聞くと苛々する」ということがありますが、これは会話の内容が半分だけしか聞こえず、発言が予測できないことに起因するのだそうです。あるいは、他言語での会話も、(少なくとも僕にとっては、)相当のストレスになることがあります。コミュニケーションを制御できないということは、それだけで、とても辛いものです。生まれたばかりの子どもは、非言語的なものも含め、コミュニケーションの方法をほとんど共有していません。多分、このことは、お互いの辛さの大きな原因になっているのでしょう。
 それだけに、子どもがこちらを認識し始める頃の喜びは大きなものです。僕の動きに合わせて、扇風機のように首を振る娘。名前を呼べば振り向きます。ありがたいことです。

 乳児というのは驚くべき成長を見せる、と書きましたが、本当に驚くべきなのは、彼女たちの勤勉さでしょう。
 彼女は片時も休まず訓練をし、学び、吸収しようとしているように見えます。(遊びたがっているようには見えません。)眼前のものに手を伸ばし、とりあえず舐め倒すのも、すべて世界の理解のための弛まぬ努力なのではないかと思います。
 彼女に経験をしていただくこと。それもできるだけ多様で、複雑で、思いもかけないような諸々を提示すること。何も確証はありませんが、僕は、それが子どもにとって、基本的に善いことである、と感じます。

 この数日、娘は口をプチュプチュと鳴らすことに取り組んでいます。甲子園を目指す球児のように、とても真剣です。明日には、彼女はそのスキルを完全にマスターし、次のステップを独自に見出していくことでしょう。
 世界は広大で、記号の体系は極めて複雑なものです。が、それでもなお、子どもは、いずれそれらの全てを踏み越えていくのではないか、と僕は勝手な夢を描いています。

ハラトモハル

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