02.8 ディスカッション 「子育てを面白くするために vol.1」
「子育てを面白くするために vol.1」ディスカッションレポート by hitoshi ramone
ママサークルでわいわい牛乳パック工作するのもいい。美味しいスイーツの店を紹介しあうのもいい。ママ友と呼ばれるコミュニティーに参加するのもいい。でも、現代版公民館「hanare」が色々な意味でのパンクな子育てに参加するにはどうすればいいのか?との思いから始まったこの「子育てを面白くするための(略してこもろ)」ディスカッション。子を持たない人を否定するのではなく、全ての人を対象に子育てについて話し合う「真剣子育てしゃべり場」。
第1回目の今回は男女22人(うち子どもを持つ人8人)から集まったアンケートの結果を基に、参加者それぞれの考えとアンケートに対する思いをディスカッションしました(子ども代表として0歳児2名参加!)。そしてはるばる東京からのツワモノも。39。
ディスカッションは21時からスタート。参加者は17人。うち子供を持つ家庭は3家族。平日の夜なので、子供を育てている人には参加しにくい時間だったのかも。なので、子どもを持たない人中心に話は進みました。2人のお子ちゃまがいたため、小さな猛獣は「ギャー。ワー。ダッダ」。掌中の珠は「スヤスヤ」。和やかな雰囲気がhanareを包んでいました。
~ディスカッションの簡単なまとめ~
旧日本的な「結婚」→「出産」という流れの崩壊。生き方が多様な現在についていけない日本社会(育児休"業"、産後休暇の整備や、仕事復帰への社会的なケア、理解の欠如。同性愛者の結婚。形だけだが縛りのきついママ友。)や産まないで子どもを育てる方法(養子やら)のなさが指摘されました。
各国の法整備が進む中、自分がまだ子どものときは親の世代が革新的でない、封建的だと思い、自分が社会を担う時には大きく変わる(または変える)だろうと思っていたのに、実は自分らの世代は保守的になっているらしい。とても意外。バブルの不景気があって、社会的な不安がそれぞれのパンクな心を冷やしてしまったのか?
hanareには色々な人がいて、それぞれに自己主張するので面白い。これからシリーズとしてやっていくディスカッションのテーマ「子育てを面白くするために」には「hanareの激情」が必要不可欠!進め方は支離滅裂。でも、起承転々転々転々結。そして、2人の子どもを通してのhanare的子育ての模索などやりたいことは山積みです。
個人的にはもっと堂々と「子育てめんどくさそー」って人がいてもいいのにと思った。子どもを育てている人向けの「子育てを楽しむ方法は?」という質問には"サポート"との意見が多かった。サポートで"楽"になるけど、"楽しく"なるのかは謎。この質問は全員に聞いた方が"面白くする"と言う意味でのとっぴな意見が聞けたかも知れない。
自分の子にとってhanareが第二の家、文字通りのhanareとなること。小さな"楽しみ"です。
アンケートは内容を少しずつ変え、より広く意見を集めやすい方法をとって継続します。これを見て「まだアンケート答えてないわー」という方はinfo(at)hanareproject.netまでご連絡ください。次回は今回の反省(来れる人が限られていた)を踏まえて「2010/4/4(日) 昼から」行います。色々な人welcome。子どもを持っている方は子連れで。ギャーキャーなる中で子育てについてディスカッションしまション。
次回"嘘"予告 vol.1
「スモッグの代わりに革ジャン(鋲つき)、ズックはコンバース(またはラバーソール)、黄帽子なんかおっ立てた髪でかぶれねぇよ」ってなパンクな子育てをすべく、大の大人がロックンロールハイスクール設立に向けた次回のディスカッション。その中で始まった吉村家の「究極の子育て」 と原家の「至高の子育て」バトル。親の対決を尻目に0歳児の恋は成就するのか!?
hitoshi ramone
01.25 Presentation by Nadav Harel
1月25日のプレゼンテーションも大盛況。来てくれた人ありがとうございました。いつにも増して幅広い顔ぶれで、こういう人の混ざり具合を見ると、嬉しくなります。レクチャーをやっていると知らずに来た、オーハラーボ(大原の農家衆)の4人組も、聞いていってくれた。ありがとう。

今回は、hanareradに滞在中のナダッフ・ハレルというテルアビブを拠点に活動するフィルムディレクターに、これまでの作品をダイジェスト紹介をしてもらいました。どの作品も日本語の字幕がないのが残念です。個人的には、アメリカ在住中の作品「Chicken Hawk」と「Shas」という超正統派ユダヤ教政党の躍進についての作品「Children of the revolution」が気になりました。

どの作品も、あまり日本には縁のないイスラエル社会を映し出すものです。恒常的な戦争状態が続く国にあって、パレスチナを占領し続けているというその事実は、イスラエル社会の隅々に深い陰を落としている。そんな社会状況の中で、映像を作り続けるという行為はどういうことなんだろう。ナダッフは、各作品を説明する際に、「映像作品を通して世界を少しでも変えられると思っていた」時期の初期作品=意図的に政治メッセージを盛り込んだ作品と、「映像では何も変わらない」と考えるようになった最近の作品=意図的に政治メッセージを盛り込むのを止めた作品をはっきり分けていた。作る側としてははっきり区別しているのかもしれないけど、見る側はそれでも政治メッセージを受け取ってしまう。占領政策と表裏一体に存在するイスラエル社会(パレスチナ社会も)で非政治的な映画を撮れない悲劇、全てが政治的な意味の中に回収されてしまうかもしれない辛さというのがあるような気がする。ヨーロッパの数々のビエンナーレで、その逃れられない社会状況をバックにした力強い作品にたくさん出会ったし、そういう状況下で作られる作品の強さを思い知った。だけど、日本で見たらたまにイライラする「半径3メートル圏に生きてます」的な作品(これはこれで、脱政治化が大成功した日本の社会状況の反映)みたいなものを作れない、或は誰もそう受け取ってくれないしんどさがあるのではないかと思う。
「Area K」と「Attack of the Happy People」はコピーを貰ったので、見たい人は連絡をください。
01.18 Lecture "Anarchist's youthful travel" by Naoki Shiga
[English text follows Japanese]
昨日のレクチャーは大盛況でした。もともと狭いはなれに25人くらいの人が大集合。初めましての人も多くて、嬉しかったです。しかも、前日RADで開催中の増本くんの展覧会に連れ込まれた、センター入試受験直後の三人も来てくれた。ありがとう。これからも息抜きに遊びにきてください!世界中の問題が表出している場所を、3年間に渡って旅行してきた志賀さんの旅行記をスライドショーで見るというものでした。私が覚えている限りの場所を挙げると、軍の武力勢力が政権転覆を実行したタイの仏教寺で性欲と戦いながら修行、言語弾圧が厳しいネパールのインフォショップに滞在、キューバでは日系移民の漁師の家に居候、イスラエルでは、国際連帯運動と一緒に行動して、刑務所に入ったり、サパティスタ解放自治区でボランティアのオブザーバーを努め、スウェーデンではレズビアン/ビーガンの共同生活にお邪魔し。。。他にもインド、ビルマ等の国へ。



明らかに歪んだ世界政治、経済が生み出す問題を全面的に背負わされている地域、新しい生活実験が試みられてる地域等々、メディアを通して知る二次的情報だけでは絶対分からない各地の事情を、実体験してきはったのだということがわかりました。一見すると、それぞれ別の要因のもとに起こっているように見えることが、本当は全部繋がっているという言葉は、そういう場所に実際に身を置いた人だからの説得力がある。新聞、テレビの国際報道がしょぼすぎる日本にあって、もっともっと、こういう形で世界を見てきて、一次情報を伝えてくれる人が増えたらいいなと、思いました。

この日はちょうどイスラエルからナダッフも来ていました。志賀さんがイスラエルとパレスチナで参加した国際連帯運動(The International Solidarity Movement)の話になった時に、ナダッフが「どうして世界には他にも酷い事件、出来事がある時にイスラエル/パレスチナ問題だけがこんなにフォーカスされるのか?」という質問があった。これは私との会話でも議論になったことで、彼のいい分は、世界中でもっと焦点をあてるべきことが起こっている時に、イスラエル/パレスチナ問題はその規模に比例しない焦点が当たっているという。パレスチナ占領が日本のメディアで大々的に取り上げられることはほとんどないから、このことは日本、そして多分、他の東アジア地域においては的を得ていない。ただ、それ以前に、世界中の紛争、占領、虐殺を比較し、死亡人数によって相対化すること自体が危険だと思う。ホロコースト、南京大虐殺、イラク戦争、アフガニスタン戦争、ルワンダの虐殺、ダルフール、世界中で起こってきた/現在進行中の不正義は、犠牲者人数で計れるものでもないし、ましてや、どれかがどれかより比較的"まし"や"ひどい"ものではなく、それぞれ全てがおかしい。ある不正義と戦う時に、他の不正義をなかったことにしたり、その歴史的事実を曲ることによって、ある不正義の間違いを追求することはできないと、エドワード・サイードが言っていたことを思い出す。*1

ただ、ナダッフのこの発言がどうして出て来たのかは理解できる。世界のいろんな国で、イスラエル出身ということで、国を代表して、イスラエルの占領政策に対して非難を受けることが多いのだと思う。普通に話すと占領政策反対である彼らも、まず会話がイスラエル非難から始まると、「何故イスラエルばかりが非難されるのか、もっと酷いことは世界中で起こっているのに。。。」というナダッフが言ったような、カウンターリアクションになるのだと思う。国家、民族という集団のアイデンティティーを幸いにも(これは本当に素晴らしいことだと思う!)考えずに済んできた私たちにとったら、「日本の政策には私も反対しているから、全然謝れるし、私も大反対!」と思うかもしれないけど、小さい時から公的教育によって集団的な記憶を伝えられて来た人達に、「国家と個人を分けたらいいやん」という指摘は、なかなか難しいと思う。もちろん、イスラエル市民として、占領政策の一端を担っているということは事実だけど、自分たちも日本の政策全部に責任を持てるかと言われたら、持てたら最高だけど、現状は持てない、と答えると思う。イスラエルの人に国家と個人を分離することを求める前に、話す側も、国家の政策をその人個人に過大に肩代わりさせないような態度が必要なのではないかと思う。キレの悪い文章だと思うけど、占領が終結することがイスラエル/パレスチナ問題の一番の先決事項だとすると、国際的な圧力(アメリカがイスラエルへの資金援助を停止すること、アラブ世界が団結すること)が必要なのはもちろん、ナダッフのような人にイスラエル国内で頑張ってもらわないといけない。彼のような人を応援して、頑張ってもらうために、私たちはどんなふうに会話ができるのか、どんなふうに後押しできるのかを考えていきたいと思う。
これもまたイスラエルの話になってしまうけど、RLLという日本のグループが作ったTシャツ(資金援助も含め、イスラエル政府と取引をする多国籍企業のロゴを使ってナチの鉤十字が形作られている)について、ナダッフの感じた反感も理解できる。繰り返しになるけど、ある不正義を追及する際に、誰かの過去の痛み、あまりにも大きな意味をもつこのシンボルを持って来て、追及することは正しいのかどうか、品があるのかどうか。外国からの圧力と、イスラエル国内で占領政策に反対する大きな流れが生まれることの両方が占領終結に必要だとという前提に立てば、このシンボルが、イスラエル国内で占領政策反対のための大きな流れを作るために一役買えるのか、というと、ならないと思う。イスラエルのパレスチナ占領政策は本当に酷い。言葉にならないくらいに、無茶苦茶なことをやっている。だからこそ、これをできる限り早く終わらせたい。だけど、このシンボルを持ってくることで、不必要に誰かの痛みをほじくりだしはしないか、それが今現在進行中のイスラエルの政策を論理的に追及する上でマイナスになるのではないか、と思いました。
hanare was packed for the lecture/slideshow by Naoki Shiga, who recently came back to Japan from "anarchist trips" around the world. The places he traveled include, to list some but not every country, a Buddist templs in Thailand where he practiced to be a monk, infoshop in Nepal, Cuba where he lived with Cuban-Japanease fisherman, Hebron in Israel and Occupied Palestinian Territory where he worked with International Solidarity Movement, Zappatista in Mexico where he did a volunteering work as a observer. hanare wanted to organize a lecture with hope to show stories that those who live in Japan hardly have access to.
Nadav, film director who is staying at hanarerad, our residency, was in the today's lecture. The argument Nadav and I had before, about so called "unbalanced attention" on Israel's occupation policy in international media, again came up. Nadav questions that while there are many horrendous things happening in the world, namely Iraq War, Afghanistan war, the war on drugs in Mexico, India's caste system etc... why does Israel get all the accusations??? I think, first of all, in Japan or probably in East Asian countries in general, Israeli/Palestinian conflict gets little coverage from the media, which I know by living here, mainly because historically Japan has less to do with Middle East, and physically it's just too far. We have tried to bring up this issue at hanare exactly because of this reason that we don't have chance to know what's happening in the Middle East. Having said this, however, I simply refuse an attempt of making a comparison among any suffering in history based on death toll. If there are sufferings, injustice, anything that destroys human rights, each one of them is wrong, period. Disregarding injustice happening here or distorting the history of someone's suffering for the sake of advocating human rights abuse there simply is not right. I agree with what Said writes completely;
It's scandalous and offensive to compare suffering. To say that "What they are doing to the Palestinian is what they did to the Jews" is not true at all. What the Jews went through is horrendous, and really without precedent. But on the other hand, that can't be used a a way of diminishing the terrible punishment that Palestinians have suffered at the hands of Israelis. It's not a matter of comparison. It's a matter of saying that both are unacceptable (Said 179).
When I was in speaking at UCLA and an Armenian asked, "Do you associate the Armenian genocide with what happened to the Jews or with what has happened to the Palestinians?" I said why bother to compare them? They are all terrible historical experiences in and of themselves. Obviously there are common features. Lots of people have been killed and have suffered unnecessarily. There's kind of underlying sense of cruelty which is common to them all. But they're all forms of suffering that are unacceptable and shouldn't be allowed to continue (Said 180).
But, at the same time, I can see why Nadav was saying this. I can imagine the frustration felt by Israelis, who constantly encounter the accusations simply because of their nationality. I have seen people who start accusing the Israeli policy in a second if there is an Israeli person present. If Israelis have to hear this constant accusations everywhere they go, whether they in fact oppose the occupation or not, it is creating a unfortunate counter reaction.Those of us, Japanese people particularly, who are lucky enough not to think about identity, might wonder that "hearing the accusations of your country has nothing to do with you who happens to be born in the country by accident. Like Naoki, I also wonder like this sometimes, but this overlooks the Israeli education, and more informal, collective memories passed on to generations after generations that has connected people to the state of Israel.
To make it super crystal clear, I strongly oppose the Israeli occupation, but if our priority is to end the occupation as soon as possible, we need everything, from Israelis who can change the Israeli society from within, international (U.S) economic sanctions, and unity in Arab world????? Don't we need to support already the marginalized population of Israeli (I believe Nadav is one of them) who are against the occupation and try to end it? I am saying this because I have seen many Israeli people who at first seem to defend the country because I brought up the issue violently and just for the sake of telling my viewpoints, but later discovered that they actually oppose the occupation and try to fight to end it inside Israel. For foreigners of course including myself, who are concerned about ending the occupation, needs to think about the fact that many progressive Israelis have left the country and those who have remained are gradually getting tired of fighting, so whether bringing up the issue and having a conversation on it will help them to continue the fight or even make them more tired in fighting. Nadav, what do you think?
Said, Edward W. Culture and resistance: conversations with Edward W. Said. South End Press, 2003. Print.
hanare February 12, 2010 12:50 AM