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須川 咲子/Sakiko Sugawa

「hanare」の運営メンバー。毎日の暮らしの中で見たこと、考えたこと等をアップしていきます。

Sakiko Sugawa is a founding member of "hanare." This diary records her everyday life.

[Note] hanare in Bulgaria!

2015.10.23

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ブルガリア第二の都市、Plovdivで開催されていたOne Architecture Week という建築とアーバニズムのフェスティバルに呼ばれ、「On Common(s) and Commoning」 というテーマのトークで、hanareのプレゼンテーションをしてきました。参加してきたのは、hanareメンンバー(久美さん、現在アーティストのアシスタントとしてプラハで働いている真琴、それから須川)の3人。上記のテーマに絡め、これまでのhanareの活動と今後の方向性について話して欲しいという要望が事前にありました。

言語の関係で私がプレゼンをしたので、どうしても私目線の話(政治とか社会運動寄り)になってます(hanareは構成メンバーが多様なので、話は話者が変われば全然違う話になります、ほんとに)。
 

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少し話は寄り道して、現在のhanareのメンバーの職業や年齢、興味関心は本当にバラバラで、世界中どこに行っても「そのバラバラ感すごい!」と感嘆されます。今回のブルガリも然り。お魚屋さんで舞踏家のマツキヨさん、現代音楽家で今やこの人なくしてhanareを語れない久美さん、プラハ在住で大学卒業一年目とは思えない安定感のあるまこっちゃん、そして男子から絶大な人気を誇る山崎氏とデザイナーのしかちゃん、そして何をやっているかわからないと言われる私。ただそれを良しとしているというか、だからこそhanareが好きという点と根本的な考えは、みんなの中で揺らがないところだと、最近改めて感じています。

プレゼンの話に戻り、ひとまず喫茶はなれから始まり、SKに移行したこと、それぞれの段階で目指していたこと、やってきたプロジェクトやイベント、その後の経済危機から今の運営体制をざっくり振り返りました。幾つかのポイントとして挙げたのは、言語活動と生産活動の限界、それからPre-figurativeなやり方の限界というキーワード。その中でもPre-figurativeなやり方の限界を主に話しました。

喫茶はなれとSKを始めた理由はメンバーそれぞれ沢山あります。その中でも2005年〜2010年くらいに私が個人的に考えていたのは、間接民主主義の政治の仕組の中では、1年に1 回程度の投票活動ぐらいしか期待されておらず、自分達の社会性や政治性を日常的に発揮できないもどかしさがある。より直接的な民主主義を組み込んだ「新しい社会」の登場を待つ、すなわち政治のあり方を地域、国単位で作っていくのは途方もない時間がかかりそう。ならば、「いま、ここに」に自分達の理想とする場所や仕組みや人間関係を、既存の社会と格闘しながらも作ってみる。いわゆる国会や地方議会等の大文字の政治から脱出していくベクトルで考えていたわけです。今から考えると、そう考えることができたのは、中央での政治が今程酷くなかったから、一応、ベースとなる最低限の民主的な仕組みは残っていた。だから、そこからある意味脱却しながら、足りないところを補完していくと考えることも可能だった。

 

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だけど、福島以降の政治を見ていると、特にここ数年、SKで行われるような活動がベースとする「最低限」の民主的な仕組みそのものが壊されている。原発の再稼働、秘密保護法や戦争法案の成立もそうだし、あからさまな人種差別などもそう、ここ数年で起こってきたことは、民主主義の社会を根幹から覆すようなことだと考えます。寄って立つもの、民主主的な社会という基礎があって始めて補完できるような活動は、その基礎が壊されている時には無力なんじゃないかと。今必要なのは、民主的なプロセス、シールズの人たちが強調する立憲主義という大原則を取り戻す運動に、個人としても団体としても参加することなのではないか。若い人たちが引っ張ってくれている社会運動や人種差別へのカウンターアクション等、国会や地方議会という大文字の政治に働きかける実際的で具体的なアクションに連帯し、参加することに優先順位があるのではないか。そして集まって勉強して、話し合う場も、そういう政治の場に繋げ、補完して始めて意味があるのではないか、そう思ってます。今までは集まって、話し合って、勉強してもそれをどこに繋げていくのかというもどかしさが常にあったけど、たくさんの人が頑張ってくれているおかげで、今は繋げる先が一杯ある。

SKを立ち上げた時に考えた、大きな政治から脱却していくようなベクトルは、現在の日本の政治社会状況では、あまり有効だと思えないし修正が必要で、むしろ、今の政治で壊されたところを修復しようとする社会運動にこそ、こういう場所として、具体的に連帯する方法考えてます、ってことを言って終わりました。

このトークがあったのは、法案が成立したすぐ後で、街宣とかデモに連日参加したすぐ後でした。このトークのテーマもそうだし、他のプレゼンターの人たちの活動報告も、自律的な場所やプロジェクトの話、つまり5年前のSKを作った時と同じような問題意識を前提としていて、みんなのプレゼンを聞きながら正直イライラしてました。「今日本でそんなんやってもあかんねん!」って思ったし、私の話の内容は全然面白くないだろうなと、うっすら分かってました。

トーク後に私達を招いてくれたオーガナイザーのマーヴェにこの感想を正直に言ったら、彼女の返信はこうでした。「大きな社会運動は、国境を越えて連動している場合もあれば、それぞれの国で段階が違うことも多い。例えば一人のプレゼンターはエジプト出身で彼女は2011年のエジプト革命の時には毎日タハリールスクエアに通って、運動に関わっていた。でも今は革命後の活動にシフトしている。それはトルコにも言えること。(マーヴェはトルコ出身)」「だから、日本の社会運動はニュースでも伝わってきているし、あなたの切迫感はとてもよくわかる。けど、それぞれの国の運動はそれぞれ違う段階にあるということも事実で、だからと言って、お互いに分かり合えないわけない」と。

こんな趣旨だったと思います。2週間くらいたって、彼女の発言を思い返してみて、自分の態度を少し反省しています。温度というか切迫感が違うと勝手に思い込んでいたけど、発言者の人もみんなそれぞれの国の社会運動に関わってきた人たちで、しかもそれぞれの国の状況は日本以上に酷いかもしれない。その運動がどの段階にあるかによって、それぞれの活動を軌道修正するのは当然だし、だからといって、今渦中にある人が、2年前に渦中にあった人たちにいらついたらだめよね〜という反省が2週間後にやってきました。おそ。
でも、今渦中にいるなら、その社会運動に関わり応援するのが、こういう場所をやっている人間の責務だと思う考えは変わりません。

SEALDs Kansai
(関西でのデモや街宣など主催してくれてはります。関西で活動してくれて、本当に感謝。)
SADL
(都構想住民投票の時もすごい活躍で、戦争法案反対デモも関西弁のコールがかっこよかった。大阪らしい団体。今度の大阪のW選挙に向けた活動も応援したい!)

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