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ソーシャル・キッチンのつくり方

高橋 由布子/ Yufuko Takahashi

hanareのメンバー。デザイン、広報、経理、事務担当。時々ウェイトレス。Social Kitchenができた経緯、運営方法、メンバーのことなどなど、過去の記憶を掘り起こしながら少しずつ紹介していきます。

[ソーシャル・キッチンのつくり方]月曜日の夜

2012.06.05

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2006年4月、いよいよオープン初日。忘れもしないこの日の定食はみんな大好き、豚の角煮。そして初めてのお客さんはというと…全く思い出せません! 豚の角煮ははっきり覚えているのに、それが美味しかったことも鮮明に思い出せるのに、その他のことは何一つ記憶にないという…。まあとにかく無事にオープンして、何人かお客さんも来てくれて、楽しい夜を迎えたのでしょうね。きっと。

それはさておき、喫茶はなれの席は8〜10人ほど、オープン時間は20時から23時の3時間のみ。日に5、6人も来てくれれば大万歳でした。少ない人数で私たちも交えゆったり食事と会話を楽しむ。狭い空間なので知らない人同士が居合わせても、自然と会話が盛り上がり、新たな出会いが生まれていく。そんな空間にワクワクしたのを覚えています。くだらない話から日本の政治の話、国際問題、アート、ゴシップ、食べ物について、来る人やその時の自分たちの興味によって、話す内容も実に様々でした。

とはいえ、最初の頃はお客さんが来ない日もしょっちゅうありました。そんな日を映画「かもめ食堂」にちなんで「今日はかもめやな」と割り切り、メンバーで豪華なまかないを食べ、ワインや梅酒を飲みながら、自分たちだけで楽しい夜を過ごしていました。だから、人が来なくて少しがっかりはするものの、かもめの夜はかもめの夜なりに、また違った楽しさがありました。この当時はメンバー全員が会社勤めをしていたので、毎週月曜日に喫茶はなれに集まることで、放課後の部活動のような、仕事の息抜きができる場を持てたこと自体が喜びでもありました。

そもそも何でオープンの日に月曜日を選んだのか? 週の始まりから、しかも夜に活動をするのは疲れませんか?とお客さんに何度か言われたことがあります。でもそれは全くの逆でした。週の始まりに人と会って、楽しい時間を過ごして、いろんな刺激をもらう。そのおかげで、その1週間をかえって元気に過ごせていたように思います。

それに「月曜日から金曜日は朝から晩まで会社で働いて、あとは家に帰ってご飯を食べて寝るだけ」という平日のサイクルを崩したいという思いもありました。特に私は学校を卒業してからずっと広告制作の仕事をしてきました。この業界は「終電まで仕事」が常識の世界。徹夜で仕事をすることも、休み無しで働き続けることも、決して珍しいことではありません。家はまさに読んで字のごとく「帰って寝るだけ」。

喫茶はなれを始めたのはそんな生活を続けて心身ともに不調を訴え、地元の京都に帰ってきて2年ほど経ったころでした。この時も別の会社に入ってデザインの仕事は続けていましたが、その会社では以前に比べると早く帰ることができ、精神的にも少し余裕が生まれて来たころでした。仕事が忙しくて喫茶はなれを休んだり、時間に遅れることもしょっちゅうありましたが、ここに1時間でも2時間でも来て、美味しいご飯を食べ(メンバーには客より豪華なまかないが出ることで有名でした)、いろんな人と出会うことで、これまでの仕事漬けの毎日の中で犠牲にしていたもの、「生活を楽しむ」ということを、ちょっとずつ取り戻しているような気がしていました。

つづく!

[ソーシャル・キッチンのつくり方]「喫茶はなれ」スタート

2012.06.01

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ソーシャル・キッチンは2010年にオープンしました。まず3階の共同オフィスが7月から、追って1階のカフェと2階のスペースが9月から運営を開始しました。hanareというグループのメンバーが運営をしています。

 

ソーシャルキッチンの具体的な話をする前に、まずはこのhanareというグループの活動経緯を紹介したいと思います。

 

2006年の4月から、hanareメンバーである須川、高橋、石田の3人で「喫茶はなれ」という活動を開始しました。毎週月曜日に須川さんの自宅を開放し、喫茶店を運営するという活動です。彼女の住んでいた部屋が“離れ”にあったので「喫茶はなれ」。ネーミングについてみんなで話し合った記憶が特にないので、かなり適当に付けた名前と思われます。そして活動を続けていくうちに、自分たちもまわりの人も、喫茶はなれの運営メンバーを「はなれ」と自然に呼ぶようになったので、グループ名もそれをずっと使い続けています。だからhanareという名に特に意味はありません。恐ろしいほどに超テキトーなのです。

 

確か2005年のクリスマス頃だったと記憶します。高校時代からの友人である須川さんが、引っ越し先の家の間取りが面白くて、何かできそうなスペースだから、一緒にここでカフェをしないかと持ちかけてきました。でもカフェといっても本当のお店ではなく、週に1回、友だちを招いて食事を出す。石田さんという料理の上手な人と最近知り合ったから3人でやろう、というのです。

 

家でカフェやるって何のこっちゃ??と思いながら、何だかよく分からんけど週1回くらいやったらいっか、仕事の息抜きになりそうやし…。しかもやるって返事してへんのに既に一緒にやる空気になってるし…。という感じで、私個人に関して言えば、特に断る理由がないから始めたのが本音です(笑)

 

さて、そんな感じで始めた喫茶はなれですが、まず一つだけルールを作りました。それは「何があっても毎週オープンする」ということ。雨が降ろうが、誰か一人仕事の都合で休もうが、やると決めたからにはやる、それも長く続けてやる、という約束をし、あとは簡単なショップカードとブログを作って、食器と椅子を何脚か揃え、人を招く準備をしました。料理はその日の定食1種類のみ、グラスワインとコーヒーなど、簡単な飲み物をいくつか。須川さんと石田さんが交代で作り、私は腕に自信がないのでウェイトレス専門となりました。ただ、前述したとおり、喫茶と名乗っていても本当のお店ではありません。地図も連絡先もどこにも掲載せず、あくまでも友だちや友だちの友だちの範囲しか来れない場所として始めることになりました。

 

そしていよいよオープンの日を迎えます!

 

つづく!

 

>その時のブログは今でも見られます

http://cafekyoto.exblog.jp/

[ソーシャル・キッチンのつくり方]プロローグ

2012.05.18

Social Kitchenがオープンして早2年目に突入。おかげさまで毎日いろんな人が来てくれるようになりました。ときどき利用者から「なんでこういう場所を作ろうと思ったの?」とか、「何やってる場所なの?」とか、「どういう風に運営しているの?」といった質問を受けることがあります。

そうした質問に答えていると、これはとても10分や20分で伝えきれない...。あ、あれもこれも言うのを忘れた...。あるいは話している途中にとても不思議な顔をされたり、「よく分からない」と言われたりということがままあります。

そんなみんなのモヤモヤを解消すべく、このコラムをはじめることにしました。Social Kitchenがオープンする前から、した後まで、いったい何がどういう風にどうなって、今のような場所ができあがったのか。運営メンバーの1人であるわたし個人の記憶を頼りに、これからポツポツと紹介していきたいと思います。しばらくの間、どうかお付き合いください。

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