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未来の娘へ

熊倉 敬聡 / Takaaki Kumakura

慶應義塾大学教授。新たな学びの在り方を探究し、大学キャンパス近傍に学びのオルタナティヴスペース「三田の家」を共同運営する。最近は、実存的/文明史的課題として「瞑想」に取り組み、3月『汎瞑想』を出版。

[未来の娘へ]2012年6月某日

2012.07.22

 体のなかに、降り注ぐ雨音が沁みわたり、鳥のさえずりが、澄みわたっています。
 朝まだき高原のロッジに、寝そべりながら、書いています。
 清里。きみも来たことのある清里。
 お父さんは、あるワークショップのために、一人来ています。

 今朝、例のように、四時半頃目が覚めると、携帯に、お母さんから、何とも辛かったであろう、だからこそ何とも嬉しかったであろう出来事についてのメッセージが入っていました。それを寝ぼけ眼で読みながらも、お父さんも、目頭を熱くしました。
「今日ははじめて、一日中パイパイのことで泣きませんでした。
 お風呂では『ちっちゃい赤ちゃんがくるまでお休みしてねーばいばーい』と。
 夜寝るときにはいつものように『パイパイ〜』の代わりにとっても穏やかな声で『まーま』と微笑みながら眠りにつきました。
 ちいさなからだとこころで、すべてを受けいれてくれたようです。
 そして私のおっぱいは、もう一滴も出なくなりました。
 お布団のなかでひとり涙なみだの卒乳式です。
 最後の身体的繋がりから放たれることで、『母子』から『親子』という新たな精神的信頼関係を結んでいくのですね。
 卒乳を支えて励ましてくれてありがとうね。」
 
 一昨日、お父さんは、君たちの元を去り、こちらに来たのですが、その二日前から、お腹のなかにきみの「妹」―「ちっちゃい赤ちゃん」ときみが呼び、お父さんが「男の子?女の子?」と尋ねるといつもきみが「女の子」と答える赤ちゃん―がいるせいでしょうか、お母さんのおっぱいが出にくくなり、お母さん自身もきみに吸われると、今までにないような痛みを覚えるようになりました。いよいよ「卒乳」の時が来たな、と思ったものでした。
 お母さんによっては、おっぱいに恐い顔を描いたり、辛い食べ物を塗ったりして、無理に「断乳」する人も多いようですが、きみのお母さんはなるべく自然にきみにおっぱいを卒業してもらいたい、それまでは存分に吸わせてあげたいと、きみの欲するがままに任せていたのでした。
 「ちっちゃい赤ちゃん」の誕生がわかった頃からでしょうか、きみとおっぱいとの関係が変わってきたように感じました。「卒業」を予感しはじめたのか、これまでになく執着し出したようにみえました。
 この世に生まれてから今まで、最も大事な生命の源だった「パイパイ」(きみはこう呼んでいました)。母との最も根源的なコミュニケーションの場であったパイパイ。それを、もしかしたら、一生涯、金輪際、失ってしまうかもしれない恐怖。限りない不安。それが、強烈な執着を生み出しているようでした。
 そして、ついに、お母さんが、あまりの痛さから「卒乳」を決意した日。それは、お母さんの意に反して、きみが自然と自ら欲して(諦めて?)「卒業」していく形ではなく、半ば自分の身体の不調からお母さんがやむなく決断したものになってしまいました。まだ、執着が捨てきれないどころか、逆に未来永劫失うことへの不安と恐怖の只中にあるきみは、パイパイを乞い、でも拒絶されるたびに、今まで見たことのない激しさでもんどり打ち、文字通り手の付けられないほど、悶え苦しみ、お母さんもあまりの苦渋に全身を歪めていました。お父さんは、そんな二人を前にして、何の手の施しようもなく、ただただ二人の頭をなでたり、体を抱きしめたり、無力でした。
 そんな最中、二人の元を去らなくてはならなかった。さぞかしお母さんは遣る瀬なかったことでしょう。
 そしてついに、このメール。そして「卒乳」を二人で祝った「卒乳ランチ」の写真。
 なにか大いなる宿命を、受け入れあった―それまでの堪え難いまでの苦悶を共に乗り越えあった「同士」のように、晴れ晴れとした「記念写真」。
 これもまた一つ、きみの「旅立ち」なのでしょう。

 

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