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未来の娘へ

熊倉 敬聡 / Takaaki Kumakura

慶應義塾大学教授。新たな学びの在り方を探究し、大学キャンパス近傍に学びのオルタナティヴスペース「三田の家」を共同運営する。最近は、実存的/文明史的課題として「瞑想」に取り組み、3月『汎瞑想』を出版。

[未来の娘へ]2012年10月某日(3)

2012.10.27

 こうした「捨てる」ことの実践、それは畢竟、生存のあらゆるレヴェルで(ブルデュー社会学的に言えば)「ハビトゥス」から、あるいは仏教的に言えば「業=カルマ」から、自らを解き放つ試みだといえるでしょう。もしくは、構造主義(もはや死語でしょうか?)的に言えば、まさしく「構造」から解き放つ作業なのです。といっても、業=カルマの理論が究極的に説くようには、生物的プログラムとしての業=構造まで捨てるわけにはいきません。(生命そのものが崩壊してしまいます。)私の捨てることのできるのは、せいぜいそれに「上書き」されている「人間」としての文化的プログラム―一人の人間が文字通り「人間」として生きていくために必要なあらゆる記号的・コード的プログラムにすぎません。もちろん、「すぎません」などといっても、それだけでも大変なことで、実際、少なくとも「日常生活」を滞りなく送るには、最低限のプログラムは普通捨てるわけにはいきません。たとえば、食べ方、排泄の仕方、座り方、歩き方、発語の仕方などは、いわゆる「健常者」―嫌いな言葉です―が、「人間らしい」生活を送るために、通常は意識的・無意識的に保持しなくてはならないプログラムです。私でさえ、もちろん、こうしたことすべてを「日常的に」捨て去ることはできないでしょう。しかし、私はあえて、そのレヴェルの業にまで降りていって、入っていって、それ自体を問いたいと思っています。ことごとく、非常な困難を伴う作業となることでしょう。でも、生の絶対的なリアリティを体感するためにも、あえて自らをそうした根源的な問いにさらしてみたい。


 今のところ、その問いは、主に三つのヴェクトル上で繰り広げられると観じています。一つは「自己」への、いま一つは「他者」への、そして最後は「自然」への、ヴェクトルです。いずれも大変漠然とし、かつ誤解を招きかねない言い方なので、具体的な例を挙げながら少し説明します。


 まず、「自己」へのヴェクトル。「自己」ないし「私」というものが、生まれてこの方、「自然」や「他者」たちとの出会いによってしか成立しえなかった、そして今なお成立しえないことを十分承知した上で、なおかつとりあえず「自然」や「他者」を―それらの新たな相貌を知るためにも―カッコに入れて、「自己」ないし「私」の実存をまさに「自己」ないし「私」のそれとして在らしめているあらゆるハビトゥス=業=構造を問うていく、疑っていく、「捨てて」いく、そうした方向性です。私の場合、こうした探究を生まれて初めて意識的に試みたのは、先ほどもお話したように、10代末から20代にかけて主に文学の研究・体験を通してでした。実存主義と呼ばれた作家たち、サルトル、カミュ、ボーヴォワールなどから遅まきながら文学に目覚め、入れ込んでいった私は、しかし不思議なことに割りと速やかにブランショという「文学」を根本的に問うた批評家に魅せられ、死への空間、虚無への空間としての「文学空間」の中で彼と共に「彷徨」しながら、彼が特権的に論じていたカフカやマラルメ、特に後者の文学的営為に巻き込まれていったのでした(ブランショ『文学空間』、『来るべき書物』)。


 マラルメは、「詩句をここまで深く掘り下げて」(アンリ・カザリス宛書簡、おそらく1866年4月28日)いく過程の中で、その作業があまりに徹底的かつ根源的であったがゆえに、通常の言語運用の崩壊を招き、それとともに、その運用を主体的に支えていた自己の瓦解も招き、虚無の深淵に沈潜していったのでした。その過程を追体験しながら、私も、マラルメと同様の(おこがましいかも知れませんが)言語的・実存的「危機」に陥ったのでした。その「危機」に至った詳しい経緯そしてその実態については後で述べるとして、いずれにしても、このマラルメ≒私の「危機」の中で、「自己」というものもまた徹底的に問われ、それが包み隠している様々な無意識的からくりも暴き出されていったのでした。


 先ほども述べたように、その後の人生の波乱の連続から、しかし、この方面の探究は徐々に損なわれ、ついにはほぼ完全に途絶しましたが、そしてその途絶の習慣化による、「自己」という魔の回帰と呪縛に苛まれ続けましたが(今なおされていますが)、ようやく最近、数ヶ月前から、ある別のアプローチ・方法によって、「自己」を再び徹底的に試練にかけ始めました。そのアプローチ・方法とは、ヴィパッサナー瞑想と呼ばれるもので、(後で詳しくお話しますが)仏陀が最終的に悟りを開いた時に行った瞑想法です。今朝も、この文章を書き始める前に、行いました。その残響が、これらの言葉の合間合間に未だ聴かれるでしょうか?

つづく

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