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淡水録

原 智治/Tomoharu Hara

1980年、京都市生。大学で画像情報システムを専攻。卒業後、メーカー勤務を経て、京都市入庁。現在は文化行政を担当。

Tomoharu Hara was born in 1980. He graduated from university where he majored in Image Information System. Tomoharu is currently works for Kyoto City, reforming the city's public hospitals.

[淡水録] vol.20 仕事のこと

2009.06.22

 僕は京都市文化芸術企画課に所属している。担当事務の一つに「京都市文化芸術都市創生計画の推進」というものがあり、その一環として「若手芸術家等の居住・制作・発表の場づくり」について検討している。色気のない施策名だが、それでも夢は膨らむ。
 僕にとって最初に思い浮かぶのは、ウィーンのWUK、かつてのSOHO、バルセロナのla makabraである。環境も対象も異なるのだから、これらのモデルがそのまま使えるとは思わないが、それらのコミュニティが持っていた高揚感を、個人的に、僕はこの施策に期待する。

 僕が公務員を志望した理由の一つは「文化行政に携わりたい」というものであった。
 クリエイターはしばしば行政を敬遠する。スピードが遅く、意味不明な制約がやたらとある。犯罪的にセンスが悪い。担当者には仕事に対する愛情がなく、しかも数年でコロコロと変わる...。
 あるいは、より根本的に、それが「体制」であるという点で、彼らは行政を嫌うのかも知れない。
 しかし一方で、行政は膨大なリソースを持っている。バジェット、時間、権限、人材、さらには各界とのコネクション。(先の諸々の制約の多くは、この大きなパワーを制御する代償としてある。)行政のもつ豊富な資源を一概に否定することは、作家たち自身にとっても幸福なことではないはずだ。
 ならば、その矛盾を埋める者が必要だろう。あちらとこちらの間に、双方の言語に通じた通訳者が必要なのではないか。それは誰にでもできることではないだろうが、もしかすると僕には可能性があるのではないか。
 それが、僕の文化行政への志向の出発点であった。
 京都市に入庁して三年目。この春、異動があり、僕は文化芸術企画課に配属になった。

 「若手芸術家等の居住・制作・発表の場づくり」のポイントの一つは、「芸術家が京都の町に暮らし続けること」である。京都市には芸術系大学が多いが、卒業生の多くは京都から他都市へ出て行ってしまう。(あるいは制作自体をやめてしまう。)このような状況を解決できないだろうか、というのが施策の基本的な問題意識だと思う。
 このような問題設定は、実のところ、恐ろしく根が深い。アーティストでい続けることはただでさえ難しいことだが、そこに京都(ないしは日本)の政治、経済、社会の多くの要素が絡み合う。「場所」を整備するだけでは問題の答えにはならないだろう。いくつかの成功例が示すような、マーケットとメディアとに支えられたあり方は、恐らくこの施策では選択できないし、またすべきではないのではないかと直感的に感じる。
 ではどうすれば?

 文化行政に関わることは、いつもこの種の「恐ろしく根が深い」問題と付き合うということである。自分は何も成し遂げないままにここを去るのではないか、という無力感とも常に顔を合わせねばならない。
 「若手芸術家の居住・制作・発表の場づくり」は、文化行政の諸問題を抱え込んだ施策のように見える。「このプロジェクトがうまくいけば、僕の文化行政の道行きに光が指す」、そのような試金石としての仕事だと感じる。

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