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[かわや版] vol.28 失敗は成功のマザー

 昨年の4月24日に母親が倒れて一年が過ぎた。あの日は、ちょうど会社の歓送迎会で、一次会で美味しい中華料理に舌鼓を打ち、二次会の祇園へ向かおうとしていた最中に携帯に連絡が入った。搬送先の病院に着くと、執刀医から助かる可能性は極めて低いと告げられた。手術後、口に管をつながれた坊主頭の母親と対面し、キューっと胸が詰まった。あの時の息苦しい感覚は今でも覚えている。それから仄暗い病院の待合室で一人朝を待った。あれから一年。半身に麻痺が残るものの、一命をとりとめた母はリハビリを続け、今週末に帰ってくる。
 
 喉元過ぎれば何とかではないが、思えばこの一年間は大変だった。母親が倒れたことで家庭内はドタバタしている一方、自分の仕事も頑張らないといけない。だが、当然最初から仕事がすいすいとできるわけもなく失敗の連続で怒られる日々が続くわけである。そして、そうした失敗を繰り返すうちに徐々に仕事ができるようになる。仕事に限らず、物事の進化や成長、成功のプロセスとはそういうものみたいなのだが、その当たり前が僕には新鮮に感じられた。今では、古田敦也と並び尊敬する長嶋茂雄の言葉を強く実感している。
 
 ミスタープロ野球のお言葉とともに、「人生~楽ありゃ~苦もあるさ」と歌う水戸黄門のテーマ曲にも深い人生哲学を感じる。自分が手を抜いて楽をすれば、必ずや我が身に苦しいことが返ってくる。頑張って嫌なことや辛いことに臨めば、楽しいことや良いことが待っている。その通りだ。リリー・フランキーまで読み終えた「正論」で、みうらじゅん如来も「凄く悪いことがあると凄く良いことが返ってくる」と、人生のカルマを説いておられる。でもやっぱり、楽が続けばと願う煩悩は捨てきれない。


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母の日 mix
 津軽じょんから節/ 高橋竹山
 On the Town Square/ Robert Wyatt
 Gold Digger Diplo Remix/ Ray Charles
 雨上がりの夜空に/ 忌野清志郎

 全盲の津軽三味線奏者・初代高橋竹山。リズミカルでグルーヴ感のある三味線の音色に驚く。最近、OKIとかネーネーズとか日本の弦楽器の魅力を再確認中。車いすで歌う。インストだが、収録されているアルバム「コミック・オペラ」を思わせるような、いろんな楽器が楽しく行進する。ダンスビートに往年のソウルフルなボーカルがループで乗っかり、ついつい踊り出してしまう。そして、反骨魂のミュージシャンに合唱もとい合掌。キープオン・ロッキング!


hanare May 5, 2009 10:20 AM

[かわや版] vol.27 スニーカー女子

 オシャレは足下から。この格言、あながち外れてないと思う。僕のようにうつむき加減に生きていると、真っ先に目につくのが靴。とはいっても、靴にもいろいろある。将来的にはセルジオ・ロッシなんかをサラッと履きこなしてみたいが、今のところ頻度と実用性からしてスニーカーになる。そこで僕の場合、スニーカーがオシャレの指標となる。他人のそれに込められた「センス」や「こだわり」を読み解くのだ。これからの季節だと、白いスニーカーか。爽やか系オシャレ男子諸君ならば、定番のジャック・パーセルか、ジョン・レノンを意識したスプリング・コートだろうか。ちなみに、エゴ・ラッピンの森雅樹は茶色のジャック・パーセルだそうで、それを見た僕の友人は、定額給付金で色違いの黄色を購入すると申しております。

 スニーカーが気になるのは異性も同じ。ところが僕の妹のように、普段あまりスニーカーを履かない、あるいは一足も持っていないという女の子もいると聞く。で、だ。似合う、似合わないはあるにしろ、それってどうなんって話。スニーカーの女子も魅力的だと思うわけで、独断と偏見で選ぶベスト・スニーカーは、異論を認めず、蒼井優。印象的だった一足は、以前何かの雑誌か写真集で見かけたバンズのスリッポン。最近では、ANIの写真集「ブリングザノイズ」に写っていた黒のニューバランスの女性。巷ではカラフルなものがきているらしいが、流行に逆行する地味すぎる色づかいに手が止まった。他にはスポーティーなデザインのナイキも気になっている。ただし、女性をスニーカーで判断すると、足下をすくわれる可能性大なので悪しからず。スニーカー以外では、ジム・モリソンとかロックなTシャツも押さえておいてもらいたい。フード付きパーカーの重要性については、またの機会に。

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気になるJ-POP mix
 This Is My House/ 桑田つとむ
 Echi Movie/ 黒人天才
 夜中の銀ブラ/ バートン・クレーンと天野喜久代
 
 マイスペースで話題のシカゴ出身の謎多きDJ。デトロイトといえばテクノ、シカゴといえばハウスということで、やっぱりファンキーなボーカルものいい。影響を受けた音楽には、Robert OwensやA Guy Called Geraldといった名前も。同じくマイスペ経由で人気を博すケツトビ界の黒船。大味な片言日本語ラップ大好き。白州次郎と同時期の「The Japan Advertiser」誌の新聞記者兼米軍諜報員。J-POPの黎明期、戦前の昭和恐慌期のダンスホールで、モガさんモボさんが踊っていたであろうSP盤ダンス・ミュージック。その後のコミック・ソングの走り。


hanare April 20, 2009 10:22 AM

[かわや版] vol.26 日本人は桜が好き

 春のぽかぽかした陽光を浴びていると、とてもじゃないけど仕事モードになんてなれません。一気に春到来で、桜の季節。先週末、祖母たちと一緒に桜見物へ哲学の道~高野川~賀茂川~府立植物園と巡った。哲学の道はまだ七分咲きといったところだったが、晴天にも恵まれ、川べりには花見を楽しむ家族連れらの姿が目立った。老いも若きもが弁当やカメラ片手に花を愛でる。ほのぼのとしていて眺めているこちらまで幸福な気分になる。

 それにしても日本人は桜が好きだ。春先のごく短期間のみ咲き、すぐに散ってしまう。その刹那の中に大和心をくすぐる日本人の美意識があるのだろう。だが、濃淡のピンク一色に染まる桜の花の美しさは反面、どこか危うさを秘めている。坂口安吾が「桜の森の満開の下」で描いた狂気。桜の美しさには、恍惚や陶酔、死のイメージと結びつく狂気が内在しているのでは。「桜は狂気も、毒も、その美しさの中に含んでいて、その表現は隠している。薔薇はその棘によって自分の毒を提示している」と、爆笑問題の太田光も「桜の冒険」で鋭い指摘をしている。桜がバラ科に属するとは知らなかったが、死を連想させる花にも当然ながら違いはある。

 花見の名所として有名な円山公園の夜桜の光景を回想した九鬼周造の「祗園の枝垂桜」に好きな一節がある―枝垂桜の前の広場のやぐらからレコードが鳴り響いて、下には二十人ばかり円を描いて踊っている。ああして一緒になって踊っているのは何と美しく善いことだろう。春の夜だ。何のせいか渾身に喜びが溢れてくる。私はどこの誰れとも知らない彼らみんなの幸福を心のしん底から祈らずにはいられない気持ちになった。接木をしたとかいう老桜よ、若返ってくれ。いつまでも美と愛とを標榜して人間の人間性の守護神でいてくれ。

 この素敵な話を紹介してくれた鷲田清一は「陶酔を誘うこのアナーキーこそ京都の『粋』の核心」と、その著書「京都の平熱」で続けている。僕はこの陶酔を味わったことがなかったのだが、ついに今週末、友人の誘いで円山デビューの運びとなった。うきうき。初対面の人らと、望むらくは女子との話に花が咲けばと目論むものの、残念な背中が目に浮かぶ。老桜よ、どうか気持ちよく踊らせてくれ。


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桜ノ花ハ散リニケルカナ mix
 Sakura Saku/ Momokomotion
 Sakura Drops/ Satanicpornocultshop
 Sound of Kuduro/ Buraka Som Sistema
 
 元Futonのメンバーによるソロプロジェクト。タイから日本の桜に思いを馳せて作った。ダサダサのエレクトロ感は健在です。サンプリング・コラージュを駆使した複雑怪奇な音をクリエイトする日仏のユニット。宇多田ヒカルの原曲の面影はなし。ポルトガルを拠点に活動するユニット。アンゴラの音楽・クドゥルと、ダブステップやバイレファンキなど旬な音をミクスチャーした新しい音楽を指向する。円山公園の帰りに、いざWORLD。


hanare April 10, 2009 10:42 PM

[かわや版] vol.25 自殺について

 なぜ自殺するのか。そう思い、滋賀県にある「いのちの電話」を取材した。ちなみにいのちの電話とは、自殺予防を主な目的とするボランティアによる電話相談機関である。ご存じだろうか。日本の年間の自殺者は、10年連続で3万人超。この数字は交通事故による死亡者の数倍というから、にわかには信じがたい。世界では毎年、実に100万人程の人が自らの生命を絶っている。何でも、我が国の自殺率は先進諸国の中でも高いらしく、既遂者、未遂者の多くがうつ病など何かしらの精神疾患にかかっているそうだ。そうした人々の心奥にある苦悩に傾聴するのがいのちの電話なのだが、24時間対応の窓口が全国に20ちょっとあるそうで、この国もまだまだ捨てたもんじゃないなと。
 
 自殺に対する興味は文学からの影響が強い。太宰治に三島由紀夫、女性だと鈴木いづみ。どうして自分の好きな作家たちは自殺するのか。彼らを行為へと至らしめた心の機微、あるいは心とつながりの深い脳内で分泌されているであろう自殺誘発物質は・・・。僕の場合、自殺の善悪についてはあまり興味がない。あるのは、フロイトがタナトスと呼び、我々が太宰たちの作品に共鳴する根源にある自殺の普遍的な深層心理である。一方、自殺はさまざまな社会的要因によっても引き起こされる。例えば、武家社会における切腹。日本では、自殺をある種の美徳とする文化が存在した。「侍、武士道、腹切り」的な。戦争という強制的条件下ではあったが、戦時中の神風特攻隊や集団自決もその延長にあると思う。自爆テロにしたって、宗教観や死生観の根深い問題がある。

 とりわけ現代社会では、貧困など経済的な理由やメンタルヘルスといった心の病が大きいだろう。国の自殺対策基本法も自殺は追い込まれた末の死であるとの認識だ。が、寺山修司は著書「青少年のための自殺学入門」で、そうした精神疾患による「病死」や資本主義社会の歪みである生活苦による「政治的他殺」を「自殺」と明確に区別する。寺山は「事物の充足や価値の代替では避けられない不条理な死、というのが、自殺なのであり、その意味で三島由紀夫は、もっとも見事に自殺を遂げたことになる」と言う。太宰がいみじくも「生きる権利があると同様に、死ぬ権利もある」と言い得たように、寺山も「死ぬ自由くらいは自分自身で創造したい」と添える。エピソードを一つ。修学旅行先で自殺した一人の男子高生の遺書に記されていた。「どうしてもオナニーが止められないから。今日、安芸の宮島のきれいな海を見ていたら、死ぬほかないと思いました」。
 
血と薔薇 mix
 Blue Monday/ New Order
 Kendo for Yukio Mishima/ Matmos
 Rocket USA/ Suicide
 リルラリルハ/ 木村カエラ

 自殺したミュージシャンといえば、個人的にはカート・コバーンよりイアン・カーティス。ブルーマンデー症候群ではないが、イアンへの追悼歌とも言える彼らの代表作。「Power, Corruption, and Lies」のアートワークは、ゲルハルト・リヒター×ピーター・サヴィルによる。敬愛する三島へのオマージュ、コンセプチュアルかつインテリゲンチアな高速竹刀のビートが印象的だ。オルタナ界のカリスマ、ザワザワとした死に似合う断末魔の叫び。実は、自殺した友人へ向けた曲なんだとか。自殺しないように、との願いを込めて。

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hanare April 3, 2009 09:25 PM

[かわや版] vol.24 滋賀会館を訪ねて

 先日、滋賀会館を初めて訪れた。仕事の関係で月に何度か前を通るのだが、中へ入ったことはなかった。毎度のことながら、「吉本新喜劇」や「新婚さんいらっしゃい!」を見つつ自堕落な休日を過ごすのも考え物と思い、須川さんのご高説を拝聴しに滋賀会館であったシンポジウムに参加した。イベント終了後、館内ツアーにも参加したのだが、これがいい意味でよく分からん建物だった。階段を何度も上り下りせねばならない迷路のような変則的構造で、日本文化の重層性なるものを体現しているかのような異ジャンルの店舗がごった煮状態で入居しているのである。地方の駅前でよく見かける何とか銀座商店街をタテにしたような、つまり平面ではなく垂直を意識する空間。しかし、そこらの百貨店や商業施設とはどこか異なる雰囲気に魅力を感じた。

 文化サロン内の喫茶店の絨毯に付いた珈琲のシミがその歴史を物語っていた。調べてみると、オープンは1954年。映画館や図書館、展覧会場といった文化スペースのほか、結婚式場や政党の県支部も入り、地下銘店街には定食屋や商店が並んだ。半世紀にわたり淡海文化の拠点だったが近年、施設の老朽化や利用者の減少、財政難の影響で存続が危ぶまれている。昨年には、大ホールが54年間の歴史に幕を閉じ、銘店街も鮮魚店などが相次いで閉店し、現在は理髪店や写真店など3店が残るのみとなった。京都の「みなみ会館」系列のミニシアター系映画館「シネマホール」が残るが、大幅な集客増を見込めないのが現状のようだ。
 
 滋賀会館の開館から遡ること5年。1949年、全国で2番目の宝ケ池競輪場が誕生している。地方自治体の財源増収などを目的に前年成立した「自転車競技法」に基づき、京都市が設置した。ところが9年後、当時の市長の意向により廃止、さらに6年後に「子どもの楽園」へと生まれ変わった。一方、市とともに設置を申請した京都府は1年遅れの1950年に向日町競輪場を開設し、現在に至る。というのも最近知った。存廃をめぐって戦後復興期の娯楽施設や文化施設が直面している現実は厳しい。向日町競輪場も例外ではない。自転車都市を自認する京都から、日本生まれのケイリン文化が消えてしまうのは、やはり寂しい気がする。次の休日は、向日町競輪場を訪ねてみよう。

 琵琶湖周航の歌だけじゃないっ! mix
 Funazushi No Uta/ Yuko Nexus6
 Famicon Sangyo/ Yamato Yoshioka
 Aleneva/ Pan Sonic
 
 一度嗅いだら忘れられない独特の臭いがする近江の滋味・鮒ずしについてポエトリーに囁く。アバンギャルドな童謡か唱歌のような歌。滋賀県在住の早熟の天才少年。マリオブラザーズの金貨獲得時の音をサンプルネタにした遊び心と音センスの良さが光る。湖国にも工場があるパ●ソニック側のクレームにより改名したことは有名。いつぞやの京都造形芸術大でのライブパフォーマンスは忘れられない。

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hanare March 21, 2009 04:35 PM

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