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[かわや版] vol.08 継続は映画なり

「杉さま」こと杉良太郎が日ベトナム特別大使に任命された。なんでも15歳の頃から日本で刑務所慰安訪問を行っていたそうで、ベトナムでも孤児院や障害児支援などに携わってきたとか。その他中国やブラジルでも活動を続けてきたらしい。そうしたバックグラウンドを踏まえて「君は人のために死ねるか」を聴くと、やたらと説得力がある。福祉を含む献身・慈善的行為は見返りを期待しない。そして、対価を求めないことと同等に継続することが重要だ。
何かを始める、止めること以上に続けることは難しい。「継続は力なり」と言うが、本当にそう。「継続なくして進歩なし」。小学生の頃は、合格シール欲しさにリコーダーを猛練習したり、スパイクが履きたくてリフティングの練習に励んだが、その後は...なかなか続かない。悲しいかなラジオをエア・チェックすること、雑誌の発売日に本屋に行くことぐらい。以前、仲の良い友達とライフワークについて温い議論をしたが、何かを純粋に続けている人は魅力的だし羨ましいという結論に至った。
 須川さんが不在ということで、頑張らナイトあかんのが北白川シネマサロン(仮)。まだまだ試行錯誤の段階だけれども、もう少し大きなイベントにしたいと企んでいる。「また同じメンバーやんっ!」ってならないように、興味のある方は是非どうぞ。余談だが、京都の「八千代館」に続き、東京・下北沢にある「シネマアートン」が今月、惜しまれつつ閉館した。こうした映画館の志を受け継いで続けていきたい。
 ここ最近、京都では厳戒警備が続いている。26日からサミット外相会合が開催されるからだ。それにしても迎賓館のある御所は物々しい警戒で、お昼の憩いの場として利用していた僕は完全に行き場を失っている。自分で言うのもなんだが、見て呉れは良くはないので尚更足が遠のいているというわけだ。来週になれば、またのんびりした午後を過ごすべく逃げ込もうかと思っている。

Yohei Horiuchi

hanare June 25, 2008 07:50 PM

[かわや版] vol.07 そこに山があるから

 以前住んでいた家の窓からは、四季折々の比叡山を間近に眺めることができた。山も遊び場だったし、近所の空き地(極秘密基地)、赤山禅院、修学院離宮でもよく遊んだ。京都に住む人にとって山は身近な存在だ。どこからでも山が見え、日常の風景に溶け込んでいる。そして「大文字焼き」。大文字山、比叡山、鞍馬山といえば、遠足の定番コースだった。ちなみに、小学2年の時に登った北穂高岳が最高で、その時食べたフルーチェがベスト・フルーチェ。
 フルーチェから話を戻すと、山には人を惹きつける力があるように思う。特に日本人の自然観は山と関わりが深いのではないだろうか。実際に山に登ってみると、「自然に圧倒される」、「神秘的な力が宿る」という感覚が少し理解できる気がする。古来、日本人は自然崇拝・信仰の主対象として山を捉え、畏敬の眼差しを向けてきた。たぶん。山でお化けが出るという類の昔話が多いのも、山がそうした非日常の場所だったからでは、と勝手に想像してみる。
そんな訳で、山への関心が日増しに高まってきている。串田孫一や今西錦司、そして英国の詩人・ワーズワースに興味がある。自国に高山を持たない島国人の自然観と山について知りたい。そして、スポーツとしての登山。もう何年も行っていないが、やはり登ってナンボだろう。運動不足の体だと、まずは船岡山の初登頂から始めてみようか。

6月9日はロックの日 mix
 ワンダーフォーゲル/ くるり
 Mirror/ Silver Spoon Eyeball
 Mushroom/ CAN
 
登山とロックとくれば。音博@梅小路公園の出演者に細野晴臣の名前が!今年こそは天候に恵まれますように。続きましては、盛り上がっている日本のインスト・ロック界から。最後は新旧の対バンということで。ジャーマン・プログレ、あるいはクラウト・ロックを代表するバンド。ボーカルは日本人のダモ鈴木。

Yohei Horiuchi

hanare June 18, 2008 09:27 PM

[かわや版] vol.06 昭和83年

 hanareのとある夜、ひょんなことから真夜中まで続くのど自慢になった。最初、カール・ドライヤーの映像を見ていたように記憶している。そう、その次に背中/ ASA-CHANG&巡礼のPVでダンサーとキョンキョンの話になったことから懐かしい歌謡曲が聞こえる歌声喫茶へと模様替えしたのだった。DJ YouTubeこと知人Tさんが皆のリクエストに応える。光GENJIに中山美穂と、パソコンの前にかぶりつきながらアイドルメドレーは深夜まで大いに盛り上がった。後日、カラオケ大会が開かれたのは言うまでもあるまい。

 中学生の頃、スピッツが好きだった。つい最近まで過去形だったけれど、CD棚の奥から引っ張り出してきて改めて聞いてみるといい曲が多い。最近になってようやく、変な背伸びをすることなくいいものはいいと素直に思えるようになった。特にリアルタイムで知らない昭和モノなど。今の音楽よりずっと熱く深いものを感じる人や歌が意外にある。「その手に魂が込められなければ芸術は生まれない」というダ・ヴィンチの言葉を借りれば、「その声に魂が込められなければ音楽は生まれない」。シンプル イズ ディフィカルト。九ちゃんやひばりちゃんは凄いのです。

 音楽に限らず歴史や文化などについても昭和に関心がある。昭和ゴジュウ世代の僕にとって、知っているようで知らないことがまだまだ山ほどある。しかも昭和って物事の変化の速度や密度が今の比ではなかったから面白い。原因はよく分からないが、平成=ポスト昭和的な感覚が強い。元号が改まって20年になるけれども、未だにピンときていない。だが、今の大学生の半分は平成世代だし、メディアでも「平成生まれ」というフレーズをよく見聞きするようになった。そんな時、時代という型から押し出される心太の気持ちになるのは僕だけでしょうか。

 カラオケ十八番 mix
   スーダラ節/ クレイジーキャッツ
   ワンダフル・ワールド/ ウルフルズ
   また逢う日まで/ 尾崎紀世彦
   翳りゆく部屋/ 荒井由美

 「わかっちゃいるけどやめられない」。親鸞の教えにも通じる故青島幸男先生の天才的な歌詞は必聴。続いて、先日の映画会で原曲がBGM的に流れていたサム・クックのカバー。次は「もみあげ」つながりで選びました。世界のナベアツのヒゲと尾崎紀世彦のもみあげは別格。作詞作曲は阿久悠と筒美京平。トリはこれしかないでしょ。椎名林檎やエレファントカシマシもカバーしているユーミンの名曲。泣けます。

早いもので社会人になってから2ヶ月が経った。新入社員は自分を含め5人いるが、今の職場には僕だけ。そんな訳で、悩むのがお昼をどうするか。社員食堂は安くていいが落ち着かないので御所に行く。静かだし緑もあるし、息抜きにはもってこいの場所だ。そこで昭和の遥か昔の平安人について思いを巡らしていると、休憩時間終了になり慌てて会社に戻るのだった。

Yohei Horiuchi

hanare June 6, 2008 06:49 PM

[かわや版] vol.05 映画あれこれ人生いろいろ

 28年前の今日、一人のミュージシャンが自らの命を絶った。ジョイ・ディヴィジョン(現ニュー・オーダー)のイアン・カーティス。先日、彼の半生を描いた映画『CONTROL』を独りで観に行ってきた。最近は音楽ドキュメンタリーがやたらに多いことを差し引いても、いい映画だった。好きな女優の一人、サマンサ・モートンも出演していたりなんかで。巷で噂になっていた映画だが、彼女がイアンの妻デボラを演じているとは知らなかった。今年はさらに『JOY DIVISION』が公開予定らしいので今から楽しみにしている。
 印象的だったのは、イアンが死んだ朝のクライマックスで「Atmosphere」が流れるシーン。彼のジョン・ピールがTeenage Kicks/Undertonesとともに最も好きな一曲に挙げていたのを思い出す。映画を観た週は泣きそうなくらいに大変で、そんな時だったからこそほろりとくるものがあった。苦悩や孤独というどこまでも暗い闇の向こうに救いの光を求めるようなこの曲が心地よく耳に残った。自分と同じ23才だったイアン。僕はもうすぐ24になります。
    
 蒼い月曜日 mix
 Love Will Tear Us Apart/ Joy Division
 Love Will Tear Us Apart/ Squarepusher
 Love Will Tear Us Apart/ Nouvelle Vague

 最初はもちろんオリジナル。映画ではイアンがデボラに別れを告げる場面で挿入されていた。続いては、ベーシストである我等がトム・ジェンキンソンの素敵な生声が聴けるバージョン。最後は、よりアコースティックでボサっぽいアレンジによるカバー。気怠げに唄うボーカルがなんとも◎
 いろいろあった一週間に始まったのが映画上映会(シネマナイト)だ。前回は「今日はいいけど明日●●する」と題し、目覚めが良くなる『Life Aquatic』と目覚めが悪くなる『裸の19才』の2本を上映した。最近では立命や造形に映画学科が開設されるなど京都の映画熱も再燃しつつある。個人的には「北白川のシネマサロン」として今後も定期的に続けていきたいので映画会三羽烏の皆様よろしくお願いします。Vol.2は24日(土)です。

Yohei Horiuchi

 

hanare May 20, 2008 12:31 AM

[かわや版] vol.04 エビとイカとタコ?

最初に断っておくと、すしの話しではないので悪しからず。最近、『イカの哲学』という本を読んだ。著者は京都府の綾部市出身で、カミカゼ特攻隊の生き残りでもある在野の哲学者・波多野一郎と中沢新一。実は、40年前に波多野一郎が私家版として出版したのが元祖だ。人間だけでなくあらゆる生命体の実存を互いに認識するという視点で、中沢新一が現代の平和学やエコロジー学にまで議論を敷衍したのが本書だ。
その中でバタイユの生命論についての話しが出てくる。バタイユは生命の本質を「エロティシズム」という概念でとらえようとした。細胞レベルでの生殖活動において、個体間の非連続性は解除(=死)される。そして、免疫反応を伴う異物であるはずの精子と卵子との間に連続性が生じることで新たな生命が生まれる。この瞬間的パラドックスこそエロティシズムの原理だそうだ。もっとわかりやすい例だと、死刑のように首を吊って死んだ場合、失禁や射精をするらしいと聞いたことがある。生死とエロティシズムのつながりは、バタイユの言うように極めて本質的なのかもしれない。
『イカの哲学』と同様に、最近新たに出版されたのが村井吉敬の『エビと日本人Ⅱ』。以前に出版された『エビと日本人』は有名なのでご存知の方も多いと思われる。日本人のエビ消費から見えてくる問題を指摘している。エビと経済、イカと哲学とくれば、次はタコと政治だろうか。故横山ノックではないが、F首相をはじめタコみたいな政治家が多い。尤も、F首相はマグロの方がイメージに近い気がするが。
綾部という街は男性下着の「グンゼ」で有名だけれども、著者の波多野一郎はそのグンゼの基礎を打ち立てた波多野鶴吉の孫にあたる。グンゼで思い出すのが、映画『バッファロー66』の一場面、モーテルのバスルームでのヴィンセント・ギャロの下着姿だ。その時身につけていたのがグンゼ製で、僕のブリーフ再考・回帰の原点。とにかく大好きなギャロがはいているなら間違いないだろうと。ギャロについて語らしてもらうと、このお方は非常に多才な人で、音楽にも造詣が深くビンテージ機材蒐集家としても知られている。知らなかったがライナーノーツによると、バスキアとGRAYなるバンドを組んでいたとか。歩き方からして本物な彼の音楽は、一音一音の痛々しさに心を揺さぶられる感じ。また取り留めのない話をしてしまった......。

Yohei Horiuchi

hanare May 10, 2008 02:09 AM

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