[地球日誌] vol.05 パリから上海へ:ユーラシア大陸横断の旅(10)
〈9月6日(土)シムケント→タシケント〉
鼾と震動でほとんど熟睡できないまま、シムケントに7時に到着。おじさん、ちゃっかりもう身支度している。昨日のおじさんの提案で、カザフスタンからウズベキスタンへの国境をバスと徒歩で渡るのは大変だから、俺の乗っていくタクシーに同乗しそのままタシケントにいけばいい。運転手が越境も世話してくれるはず。と、超片言会話で理解したつもりだった。ところが大いなる勘違いだった!!!
駅に着くと、確かにタクシー運転手らしき人とおじさんが談判してくれている。でも、突然6000テンゲでどうだ。??? すると、おじさんさらに運転手と交渉し、3000になる。これで、おじさんがOKか?というから、こちらは訳がわからないまま、まあそれなら3000円くらいだからいいかと思い、OKと言う。でも、運転手が、いや5000だ、とか言い始め、結局4000で落着。でも、おじさん、一緒に来るのでなく、一人で去ってしまう。取り残された私は狐につままれた思いで、とりあえずタクシーに乗り、まっ、とにかくこれでタシケントまで無事に連れて行ってくれるのだろうと一安心する。(それが大違い!!!だった。)例のように『指さし』で超片言ロシア語会話をするが、後はひたすら雄大な景色を眺める。あそこの平原に自分の足で立ってみた~~い。羊、牛の遊牧。一時間ほど走ると、突然「パスポート・コントロール」と書いてある場所に到着。しかし、妙に人相が悪そうな人だかり。タクシーを降りたとたん取り囲まれ、パスポートを見せろ、と叫んでいるが、どうみてもこれらの人々は入国の係官ではないしそれに殺気立っているので、とにかくゲートのあるほうにがむしゃらに向かう。ゲートが妙にちゃちで、これがタシケント行きの国境???と訝りつつ、ゲートをくぐる。今度は明らかに制服を着た係官らしき人が、私のパスポートを見ながら、なんだか困り顔で、がニヤニヤしている。こちらは訳がわからず(もちろん英語が通じない)、状況を読もうとしていると、どうやらここは国境は国境だがカザフスタン人とウズベキスタン人専用の国境で、第三国の人は通過できないらしい。現にウズベキスタンらしきパスポートを持っている人たちは、次から次へと脇を通っていく。係官、携帯で誰かに電話し始める、電話に出ろというから出てみると、英語で説明を受ける。どうやら、英語のできる知り合いに状況の説明を頼んだようだ。その説明によると、ここでは私は国境を越えられず、近くの何とか(地名を忘れてしまった)という場所まで向かえという。そうするしか仕方なさそうなので、ここまで一緒に来た運転手を人ごみの中で探すが、遠くの方で我関せずという顔をしている。名前を呼ぶが、いっこうに助ける気はなさそうなので、あきらめて、係官が指差した近くにいた運転手らしき人に頼もうと、ゲートを出たとたん、待ち構えていた人々に取り囲まれ、私の荷物の争奪戦となる。こちらも必死に奪われてなるものかと荷物をキープし、件の運転手らしき人の車に乗り込む。途端に値段の交渉。100ドル、といわれる。近いんじゃないのーーーーーと、もう一つの越境ポイントまでの距離を尋ねると、150キロという。何だそれーーーー! 相変わらず訳がわからないが、彼に怒鳴っても仕方ないし、まあほんとに150キロあるなら1万円くらい払ってもかまわないかと思い(だいたいこんなこちらが弱い状況で値切るにも値切れないので)、承諾しとにかく車をこの雑踏から出してもらう。
いったい誰が悪いのかもわからず、行き場のない怒りで憤然としながら、車に乗っている。どこに連れて行かれるのかも全くわからない。とにかく車は広大な草原の中をどこまでも疾走していく。少なくとも、ガイドブックに載っていた越境ポイントとは明らかに違う所に連れて行かれている。いろいろと推測は可能だが、さっきの揉みあいで疲れてしまい、考えることができない。不安200%で、もうなるようになれと開き直り、車に体を預ける。2時間くらい走ったろうか、ようやく国境らしき場所に着き、降ろされる。約束の100ドルを払うため、20ドル札を5枚渡すが、なぜか100ドル札をくれという。これだってれっきとした「100ドル」だろうと押し問答し(100ドル札はトランクの中にあったが、こんな場所で店開きするのは御免被りたかったので)強引に20ドル札5枚を押し付けて、検問所に向かう。
検問所に入ったとたん、パスポートを渡した係官から執拗に「50ドル」と囁かれるが、そんな賄賂は払いたくないので断固として「NO!」を繰り返す。押し問答しているうちに何とか向こうが折れてパスポートを返してくれる。トランクを引きずりながら次の建物に向かう。荷物検査をしている。行列の最前列にいる人たちが係官と揉めている。ヤバそうな雰囲気だ。しばらくしてそのヤバそうな係官がどこかに消えて、彼に比べれば表情が少し柔らかそうな係官に代わったので、この隙に自分の番にならないかと待っていると、前の人はこっそり賄賂を彼の手に握らせている。はたしてどうなることやら。賄賂を渡さないと、ここは通れないのか? ついに自分の番が来る。出国なのにかなり綿密な検査。トランクと小さいリュック双方とも隅々まで調べられる。「日本人」だとわかると、その係官のおじさん「サムライ!」を連発する。難癖をつけられるのか、賄賂を要求されるのか、ドキドキしていると、何とか何も要求されず通してくれる。無事、次のカウンターで出国スタンプも押され、だがなぜかもう一回検問があったが(ウズベキスタンの入国審査かと最初思ったが違った)、どうにか「長かった」カザフスタン国境を越える。
かなり向こうにウズベキスタンの検問所らしきものが見える。馬車が待ち構えていて「タクシー!」と寄ってくるが、無視して徒歩でかなり先にある建物まで向かう。路面が悪いので、ついにトランクを背負わなくてはいけないかと思うが(実はここまでの道中キャスターで転がしてきたトランクには背負える装備もある)、何とか背負わずに済む。ウズベキスタン側の検問。薄暗いブースの中、係官の顔がほとんど見えない。さっきとは違ったヤバそうな空気、と思いきや、殊のほかすんなりと通過。次は所持品検査。ウズベキスタンは申告用紙が重要だとガイドブックに書いてあったので、遺漏のないように書く。緊張して検査場に向かう。しかし拍子抜けするくらいすんなりと通してくれる。係官の対応もごく「ふつう」。これでようやく二つの国境を何とか越えたことになる。「Bank」と書いてある、しかし掘っ立て小屋で100ドルを両替する。とても、「銀行員」には見えない若者とその友だちらしき二人に物珍しそうにされながら(「日本人」が物珍しいのか「100ドル」が物珍しいのか「両替」自体が物珍しいのかなんともわからなかったが)、大量の紙幣の束を渡される。あまりの量なので、一桁間違えたのではと一瞬思うが、レートを考えれば、これぐらいの量になるのかと納得する。
さて、国境を越えたがどうしよう? それらしきバスも見当たらないし。またもやタクシー攻撃。他に手立てもなさそうなので、ある運転手の提示した4万スム(1スム≒0,1円)で妥協する。タシケントまでは60キロくらいだという。いったい、この越境ポイントはどこなのだろうか?
何とか、タシケント中央駅前につけてもらう。駅にとりあえず荷物を預ける。外国人用の別棟の切符売り場へと向かう。英語が通じる。ウルゲンチまでの切符を買おうとするが、月曜まで列車がないという。どうしよう? これから窓口のお姉さんが一時間昼休みに入るというので、出直すことにする。考えた末、ウルゲンチとヒヴァは諦め、それより手前のサマルカンドに(サマルカンド行きは毎日あるので)明朝発つことにする。サマルカンドのホテル(B&B)、今晩泊まるタシケントのホテルを電話で予約する。再び切符売り場へ。二等が空いていないので、三等にする。往復で2万スムとえらく安いが、どんな座席なのか?
無事、もろもろの手配が終わり、いざホテルへ。しかしもうタクシーにはこりごりなので、(国境に比べ)それほどしつこくはない客引きをかわし、何とかメトロ(中央アジア唯一)の乗り場に辿り着く。メトロはやや乗換えがわかりづらかったが、ホテルのある中心街ティムール広場に着く。今日は、上記のようなトラブル続きで疲労困憊していたので、少し奮発して四つ星のホテルに泊まる。英語が「ふつうに」通じるとは、何と楽なことか! 気がついたら、昨日の晩から飲まず食わずだったので、チェックイン後直ちにホテル内のレストランへ。午後四時にようやく食べ物・飲み物にありつける。ビール、トマトとモッツァレラのサラダ、豆のスープを頼む。身体中の細胞に沁みわたる。(でも高級ホテルのせいか、ビールが高かった。一本6000スム!)
部屋に戻り、ゆるゆると荷物を解く。久しぶりの風呂に入ろうとするが、栓がなく、いろいろ手段を講じるが湯がうまく溜まらずしかもぬるいので、諦めてシャワーにする(四つ星でもこの程度だ。)
夕食のためのレストラン散策に出かける。(タシケントは巨大な都市らしいので)地図で当たりをつけて歩いていくが、カフェすらほとんどない。「官庁街」あるいは「ビジネス街」なのだろうか? 一キロくらい歩くが、諦めて、引き返す。ホテルの裏手に回ると、何といくつかカフェやバーらしきものがあるではないか。その一つに入り、とりあえずビールを飲む。本当に今日は「おつかれさま」だった!
店の人に、近くのロシア料理店を教えてもらう。その店で、水餃子らしきものと、ニシンの料理を頼むが、後者はビーツなどと和えたサラダ仕立てであった。どちらも素朴だが、それなりに美味しい。中央アジアは、基本的に素材がいいせいか、「はずれ」がほとんどない。給仕のお姉さんが、珍しく少し英語ができ、何度か話しに来る。もしかすると、チップが欲しくてよくくるのかと思ったが、結局上げそびれて、店を出た。
部屋に戻り、ベッドに横になると、一瞬で寝入ってしまった。
〈9月7日(日)タシケント→サマルカンド〉
早く寝たので、5時過ぎには目が覚めた。今日はサマルカンドに向かう日だ。地下鉄で中央駅に向かう。念のため、発車1時間以上前に着く。待合室で待つが、発車の掲示がなく、(ロシア語?ウズベク語?)のアナウンスだけなので、少し不安になる。結局、駅に着いてからずっと一番手前のホームに停車していた列車が、目当ての列車だった。切符売場では「三等」と言っていたので、どんな車両か興味津々だったが、ふつうの「二等」だった。
ガイドブックによると、ウズベキスタンの列車は(他の中央アジアの国に比べ)いいとあったが、その通り。カザフスタンでアルマトゥ-シムケント間で乗った列車に比べ、圧倒的に揺れも少なく、速度も1・5倍くらいだろうか。30年前の日本の車両という感じか。車内もきれいで、車掌が天井から下がっているモニターでDVDの映画やドラマを流したりしている。車内販売のお姉さんが、注文を訊きに来たりする。
やや遅れ、昼12時過ぎにサマルカンドに着く。例のようにタクシーが押し寄せてくるが、振り切り(といってもアゼルバイジャンやカザフスタンのようにしつこくはない)、ミニバス乗り場に行くが、目的地=レギスタン広場行きがなかなか見つからない。他のバスの運転手に訊くと、歩いてまっすぐ行けば広場まですぐだから、バスなんか乗る必要はないという。半信半疑で言われた方向に歩き出すが、それが大失敗。行けども行けどもそれらしき広場が見えてこない。それに路面が悪く、引きずっているバッグがしんどそう。途中でちらっとそれらしき青いドームの端が見えるが、どう見てもまだ3、4キロはありそう。騙された! 仕方なくヒッチハイクを始める。何台か止まってくれるが、結局あるミニバスが(行き先が多少違うようだが)広場まで行ってくれるという。信じて、乗る。旧市街らしきところに入り、道が行き止まりになる。これ以上車で行けないから後は歩いて行けといって、降ろされる。どこに降ろされたかわからないが、指差された方角にとにかく向かう。
バザールらしきものに行き当たる。これはもしかしてガイドに載っていたシャブ・バザールか。向こうに青いドームも見える。レギスタン広場か。バザール内の路面が悪く、トランクを引きずるのに難儀する。どうにかこうにかバザールの人ごみを抜け、青いドームの前に立つ。レギスタン広場ではなく、ビビハニム・モスク(中央アジア最大といわれる)であった。ようやく位置の見当がつき、ホテルに向かう。迷路のような旧市街にあるので(ガイドブックの地図があっても)迷うかと思ったら、案の定迷う。通行人何人かに尋ね、ようやく到着。
B&B「レゲンド」。一泊40ドル。民芸調(?)で、部屋もなかなかかわいい。主人も気
が良さそう。

早速、町の散策に出る。まずは昼食。宿に聞いたチャイハネ風レストランに行く。アルマトゥでも食べたショーロンポー風の饅頭とサラダとビール。どれも美味しい。安い。4000スム。ただし、衛生はかなりひどい。トイレは扉もなく今までで一番汚かった。
モスクの見学の前に、次の目的地キルギスの首都ビシュケク行きのフライトがあるかどうか旅行代理店に行く。一週間後まで一杯だという。困った。タシケントに戻ったらもう一度他の代理店で試してみるが、もし本当になかったら、陸路で(キルギス第二の都市で中国国境越えのポイントである)オシュに直接向かうしかない。(前述のように、この旅は基本陸路なのだが、ビシュケクというより本来の目的地である「幻の湖」イシク・クル湖に行くのに、陸路ではどうしてもオシュ→ビシュケク→イシク・クル湖→ビシュケク→オシュという行程になり、オシュ-ビシュケク間を往復しなくてはならず、そうすると日程的に苦しかったがゆえに、この際タシケントからビシュケクまで空路を利用しようと考えた。)
ようやくレギスタン広場の見学。イスタンブールのモスクもすごかったが、ここの(世界遺産に登録されている)モスク群もすごい。きっと古は、砂漠に燦然と輝く宝石のようだったろう。しかし、現在の壮麗さは修復されたもので、それ以前は完全に荒廃していたようだ。

先ほどホテルに向かう途中通りかかったビビハニム・モスクに改めて向かう(先ほどは見学する余裕などなかった)。こちらは、まだ修復途上でもあり、レギスタン広場のモスク群ほどの壮麗さを感じない。それともただ見慣れただけか。すぐ隣の(こちらも楽しむ余裕がなかった)バザールも大いに気になるが、明日のためにとっておく。それにしても、世界遺産にもなっている大観光地のはずなのに意外にカフェ、レストランが少ない。それとも、新市街の方にあるのだろうか。
ということで、近くに他に目ぼしいレストランが見つからないので、夕飯も昼と同じチャイハナ風レストランで食べる。ビールと、羊、鶏、牛ミンチと三種類のケバブを頼む。世界で一番美味しいナン(とガイドブックに書いてあった)「サマルカンド・ナン」、さして美味しくない。ケバブが来る。かなり旨い。大きめな焼き鳥の感覚だ。焼き鳥と違い、マリネしてあるので、味が濃くて複雑だ。ただし鶏は残念ながら油の付き加減から見てブロイラーらしかった。まあまあ満足し帰途に着く。唖然!ホテルに向かう道が真っ暗だ。街灯が立っているのだが、点っていない。軒先の寂しい電球がちらほらと点いているだけ。通りによってはそれすらなく、月明かり(半月)と、時々携帯の明かりを頼りに、真っ暗闇の中を恐々と歩を進める。地元の人たちは慣れているのか、平気で歩いている。
このホテルのある界隈、かなり貧しい。というか、サマルカンド自体(少なくとも旧市街周辺)が、世界的にも名の轟いた町=世界遺産であるにもかかわらず、総じて貧しい気がする。ホテル近くにも(何のためだかわからないが)生ゴミをバケツで集めている子供たちがいて、身なりも汚れているが、まだ目は汚れていない。「Hallo!」と、無邪気に声をかけてくる。大人たちも、目は(バクーのようには)汚れていない。もし汚れていたら、とてもこんな真っ暗な道を一人で歩けないだろう。何とか五感を最大限に機能させ、無事宿に着く。しかし、明日は宿で夕食を取ることにしよう。
日本の友人に携帯でメールを送ったり(着いていなかったみたいだが)、ゲバラを少し読んで、11時ごろ寝る。


































hanare January 25, 2009 06:02 PM